個展風景

0

    先月、3月12日〜17日に開催した個展の写真や動画を、ホームページに掲載いたしました。
    どうぞご覧下さい。

     

    HP  http://yui-ikeuchi.com/

     

     

     

     

     


    個展のお知らせ

    0

      お出かけも難しい時期にも関わらず、私の個展に多くの方が絵を見に来て下さっていることに、とても感謝しております。

       

      本日は午後6時まで、最終日の明日は午後3時まで開催しています。
      およろしければ、お立ち寄り下さい。

       

      ■ 2020年3月12日(木)〜17日(火)
       11時〜18時 ( 最終日は15時まで )

      ■ アートスペース88
       東京都国立市中1-9-66 ファッションコージブランコ
       TEL 042-577-2011

       

      HP  http://yui-ikeuchi.com/
      Facebook検索ワード   「池内佑衣」「私と絵とのひとりごと」

       

       

       

       


      個展

      0

        今週木曜日から、3年ぶりに個展をいたします。
        花や人物など34作品を展示します。
        どうぞお立ち寄り下さい。

        朝日新聞首都圏マリオンに掲載されました。

         

        ■ 2020年3月12日(木)〜17日(火)
         11時〜18時 ( 最終日は15時まで )

        ■ アートスペース88
        東京都国立市中1-9-66 ファッションコージブランコ
         TEL 042-577-2011

         

        HP  http://yui-ikeuchi.com/
        Facebook検索ワード   「池内佑衣」「私と絵とのひとりごと」

                                                     

         

         

         

         

         


        カウンセラー資格取得

        0

          カウンセラーの資格を取得しました。
          「シニアピアカウンセラー」と「メンタル心理アドバイザー」。
          学習を始めた経緯とは……

           

          ここ数年間、遠くで暮らす80歳代後半の母から、毎日のように電話があり、

          私は母を精神的に支えてきました。
          昨年1月、母が急逝しました。

          その直前まで私は母と電話で話し、その日を最後に母からの電話はぷつりと途絶えました。

          数か月が経った頃、私が日々母の話を聴いて寄り添っていたことは、

          心を傾けて聴く(傾聴)、まさにシニアピアカウンセリングだったのだ、と知りました。
          カウンセラーの資格は、母への傾聴の延長です。
          今後の日本に必要な心の持ち方のようにも思います。
          これからもさらに学習を続けていくつもりです。

           

          HP  http://yui-ikeuchi.com/
           Facebook検索ワード   「池内佑衣」「私と絵とのひとりごと」

           


          亡き母からの戦争語り継ぎ

          0
            今年1月に亡くなった母は、生前に私や孫に戦争の語り継ぎをよくしてくれました。また子孫だけでなく、戦争体験記の募集があると、ラジオや新聞社に投稿し、ラジオではオンエアされたこともあります。
            母の遺志を受け継ぐ意味で、以前紹介した母の原稿を再び載せることにしました。一昨年、母87歳のときの文章です。
            「語り継ぐ戦争」
            太平洋戦争末期、日本の敗色濃く、サイパンを基地にして、日夜本土は空襲を受けました。私たちは寝る時も枕元に貴重品、救急薬を入れた小さな袋、防空頭巾を置き、モンペをはいて休みました。空襲警報が下りると外にある防空壕に入りますが、爆撃の目標になるので灯をつけることは許されません。真っ暗な家の中を手探りで台所に出て流し台にぶつかったり、バケツに当たったりしながら、裏口から飛び出したものです。...
            昭和20年3月、大空襲を受けました。南一帯焼け落ちるぐれんの炎が、南向きの我が家に不気味に映っていたのを忘れることができません。
            6月に入って、すぐ近くの鉄道西側が焼け野原になりました。私共は、父が2年前に亡くなり、弟は小学生なので田舎へ疎開し、母と私とで家業に精出しておりました。6月7日午前、商談に見えた方がまだおられるのに、警報が出ました。B29、70機の来襲です。近くにいた人たちもあわてて防空壕に飛び込んで来ました。爆風で目や鼓膜をいためないように、教えられた通り、指でしっかり押さえてからだを伏せました。
            焼夷弾の落ちるザザザーッという音、爆弾の落ちるゴゴゴーッという音。激しい地鳴りがして防空壕が上下左右に揺れます。
            地鳴りが止み、あたりが静かになったので、防空壕からそっと首を出しました。あたりは一面の煙です。勝手口から、そっと家の中をのぞきました。煙の中から向かいのおばさんが顔だけ出して「奥さん」と呼ばれ、母と私は飛び出しました。この向かいのおばさんとおじさん、母と私の4人はしっかり手をつないで、「放すなよ!」と言うおじさんの声に力づけられ、煙で見えない道を走りました。
            運河にかかった橋を渡りかけたとき、橋の下の土手の斜面にたくさんの人が倒れていました。あの激しい爆風で亡くなられたのでしょう。
            土手の上から見る家々は、まるでマッチ箱でも燃すように、簡単にパチパチと音を立てて赤い炎に包まれています。空はどんより低く、後に雨になりましたが、地獄絵とはこのことを言うのでしょう。
            この2ヵ月後に終戦。母は、すべての財産焼失と、貨幣の暴落で、苦労の末、弟の高校卒業も待たずに亡くなりました。空襲さえなければ、母の死も、もう少し幸せだったはずです。
            何も知らない、知らされていない庶民が巻き込まれる戦争は、今後絶対、二度としてはなりません。

            個展のお知らせ

            0

              来週、個展をいたします。

              花、人やペットの肖像画、風景など作品40点を展示します。

              どうぞお立ち寄り下さい。

               

              ■ 2017年3月23日(木)〜28日(火)

              11時〜18時(最終日は15時まで)

              ■アートスペース88

              東京都国立市中1-9-66ファッショ   

              ンコージブランコ

              TEL 042-577-2011

               


              HP  http://yui-ikeuchi.com/
              Facebook検索ワード   「池内佑衣」「私と絵とのひとりごと」

               


              母との最後の時間

              0

                母が、先月の22日に急逝しました。89歳間近でした。

                実家から遠く、結婚して37年間、母と会ったのは、両手の指で数えられる回数しかありませんでした。

                 

                今から1年前、私は母に電話で、「2、3年後にでも、久しぶりに個展をしようと考えているよ」と話すと、

                母は「私、見に行きたい」と言ってくれました。

                すぐ私は、ーそうだ、もっと時期を早めないと。2、3年後では間に合わないーと感じて、清水の舞台から、

                といった思いで1年後の個展を決心し、この1年間日々こつこつと準備を続けていました。

                その日から母は、私の個展を指折り数えるように、私と毎日のように電話し、楽しみに過ごしてくれました。

                 

                母の命は、個展には間に合いませんでしたが、身軽になって絵を見に来てくれるかも知れません。

                 

                3月下旬、桜の頃、東京国立で個展をいたします。

                絵の搬入日は、母の月命日です。

                 

                 


                ひとり遊び

                0

                  私は若い頃、ギターを持ちフォークソングを歌っていました。
                  結婚後は、子どものために子守唄童謡クラシックの世界に。
                  ハンディある子との交流をせねばならないと感じて、

                  市に働きかけて、小さなコンサートを何度かしました。

                  35年経って昨年の春に還暦を迎えた日、

                  私は自分を取り戻そうと、久しぶりにギターを手にした姿で、

                  スマホ写真を撮りました(笑)...
                  最近は、弾き語りしてひとり遊びしています。

                  スリーフィンガーの指が少しずつ戻ってきたように思います。

                   

                  肖像画の注文を承っております
                      HP  http://yui-ikeuchi.com/
                   Facebook検索ワード   「池内佑衣」「私と絵とのひとりごと」


                  新年のご挨拶

                  0

                    新年のご挨拶をさせていただきます。
                        2016年1月8日

                     

                    -肖像画の注文を承っております-
                    HP  http://yui-ikeuchi.com/
                     Facebook検索ワード   「池内佑衣」「私と絵とのひとりごと」


                                                       八朔(22.7×15.8cm)


                    母からの語り継ぎ

                    0

                      10年前母は、ラジオ放送「語り継ぐ戦争-私の戦争体験記」に文章を寄せて、そのオンエアーの初日に、パーソナリテイーに読み上げられました。

                      今年87歳になった母の心の叫びがあります。ここに再び掲載させていただきます。
                       

                           「語り継ぐ戦争」

                      太平洋戦争末期、日本の敗色濃く、サイパンを基地にして、日夜本土は空襲を受けました。私たちは寝る時も枕元に貴重品、救急薬を入れた小さな袋、防空頭巾を置き、モンペをはいて休みました。空襲警報が下りると外にある防空壕に入りますが、爆撃の目標になるので灯をつけることは許されません。真っ暗な家の中を手探りで台所に出て流し台にぶつかったり、バケツに当たったりしながら、裏口から飛び出したものです。

                      昭和20年3月、大空襲を受けました。南一帯焼け落ちるぐれんの炎が、南向きの我が家に不気味に映っていたのを忘れることができません。
                      6月に入って、すぐ近くの鉄道西側が焼け野原になりました。私共は、父が2年前に亡くなり、弟は小学生なので田舎へ疎開し、母と私とで家業に精出しておりました。6月7日午前、商談に見えた方がまだおられるのに、警報が出ました。B29、70機の来襲です。近くにいた人たちもあわてて防空壕に飛び込んで来ました。爆風で目や鼓膜をいためないように、教えられた通り、指でしっかり押さえてからだを伏せました。

                      焼夷弾の落ちるザザザーッという音、爆弾の落ちるゴゴゴーッという音。激しい地鳴りがして防空壕が上下左右に揺れます。
                      地鳴りが止み、あたりが静かになったので、防空壕からそっと首を出しました。あたりは一面の煙です。勝手口から、そっと家の中をのぞきました。煙の中から向かいのおばさんが顔だけ出して「奥さん」と呼ばれ、母と私は飛び出しました。この向かいのおばさんとおじさん、母と私の4人はしっかり手をつないで、「放すなよ!」と言うおじさんの声に力づけられ、煙で見えない道を走りました。
                      運河にかかった橋を渡りかけたとき、橋の下の土手の斜面にたくさんの人が倒れていました。あの激しい爆風で亡くなられたのでしょう。
                      土手の上から見る家々は、まるでマッチ箱でも燃すように、簡単にパチパチと音を立てて赤い炎に包まれています。空はどんより低く、後に雨になりましたが、地獄絵とはこのことを言うのでしょう。

                      この2ヵ月後に終戦。母は、すべての財産焼失と、貨幣の暴落で、苦労の末、弟の高校卒業も待たずに亡くなりました。空襲さえなければ、母の死も、もう少し幸せだったはずです。

                      何も知らない、知らされていない庶民が巻き込まれる戦争は、今後絶対、二度としてはなりません。

                        肖像画の注文を承っております

                       HP  http://yui-ikeuchi.com/
                      Facebook検索ワード   「池内佑衣」「私と絵とのひとりごと」
                          


                      | 1/3PAGES | >>

                      プロフィール

                      profilephoto

                      -池内佑衣(ゆい)- Yui Ikeuchi
                      はるか昔の中学生時代、 教科書に載っていた仏画の鉄線描。
                      その線の美しさに感動したことを、 40年以上経った今でも 鮮明に憶えています。 私の原点です。

                      日本画に深い精神性を感じて、 若い頃から描いてきました。
                      その後、私の歩みのなかで、 乗り越えることが 幾度も訪れるたびに、 絵は変わらず 支えてくれました。

                      暗闇の中で絵筆を持つ日、
                      一条の光を感じて描く日、

                      昨日より明日とはいかなくても、
                      気づきと新たな深まりが 少しでもあれば、
                      絵と静かに語らえるならば、
                      私は幸せです。
                      絵は私の友です。
                      ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
                           HPURL http://picture-essay.jimdo.com/
                      Facebook検索ワード「池内佑衣」「私と絵とのひとりごと」

                      selected entries

                      categories

                      archives

                      ハロー!でつながるWeb広場

                      recent comment

                      links

                      search this site.

                      others

                      mobile

                      qrcode